精神障害者雇用と聞くと、「支援が毎日たいへんなのでは」「何をどう配慮すればいいのかわからない」と身構える企業担当者は少なくありません。
けれど正直に言えば、精神障害者雇用は、世間で言われるほどたいへんではないと思っています。
大切なのは、「精神障害があるから」という先入観で構えることではなく、本人の状態や強みを見ながら、職場での関わり方を一つずつ調整していくこと。特別な仕組みを用意するよりも、対話を重ねて「その人が力を発揮しやすい条件」を探す視点のほうが、現場ではずっと役に立ちます。
この記事では、特例子会社のジョブコーチとして精神障害のある社員と向き合ってきた経験をもとに、精神障害者雇用は難しいと感じている方へ向けて、合理的配慮の例や離職防止につながる運用の実践ポイントをお伝えします。

精神障害者雇用が「難しい」と思われやすい理由

2018年に障害者雇用義務の対象として精神障害者が加わってから、すでに8年以上が経ちました。勉強会などの場で「そもそも精神障害って何?」という声は減ってきた一方で、「(精神障害のある方の)支援が毎日たいへんじゃないですか?」と聞かれることはいまだにあります。
こうした不安の多くは、診断名やメディアのイメージが先行し、実際の就労場面が具体的に想像しにくいことから生まれています。「連絡が取れず行方不明になった人がいるのでは」「社内で暴れる人が多いのでは」と聞かれたこともありますが、当社ではそのようなことは一切ありません。
精神障害者雇用が難しいと感じるとき、まず見直したいのは「障害そのものではなく、企業側が持っている『イメージ』」です。先入観を運用課題として整理するだけで、受け入れのハードルは大きく下がります。

受け入れ設計の出発点――入社するのは「はたらくフェーズ」の人

精神障害のある方々には、治療中の方、就労訓練をしている方、はたらいている方など、さまざまなフェーズの方がいらっしゃいます。そして企業に入社してくるのは、「はたらくフェーズ」にいる方です。
都心のオフィスに、通勤電車に揺られて月曜から金曜まで毎日通うことができる――それだけでも「大丈夫かもしれない」と思いませんか? 実際に、ジョブコーチがこの会社に異動してきた2015年秋から今まで、社内外で大きなトラブルは起きていません。
企業が精神障害者雇用の受け入れ設計で最初に持ちたいのは、「精神障害があるから特別に扱う」ではなく、「はたらく準備ができている社員をどう迎えるか」という視点です。この前提を支援担当者だけでなく、現場の上司や受け入れ部門にも共有することが、スムーズな受け入れの第一歩になります。

合理的配慮の例――「配慮しすぎない」ことも配慮のうち

精神障害者雇用における合理的配慮というと、「本人の要望にできるだけ応える」ことだと思われがちです。しかし実際の現場では、配慮しすぎることが、本人の成長や業務参加の機会を奪ってしまうことがあります。
例えば、当社では、かつて研修の場で障害のある社員のリクエストにすべて応えていました。「急に指名されると頭が真っ白になる」ので指名しない。「グループワークが苦手」なのでワークはやらない。けれどそうした配慮を重ねた結果、「研修」が単なる「座学講座」になっていることに気づいたのです。
そこで、必要な配慮はしたうえで、「○○さんはどう思いますか?」と双方向のやりとりを再開し、控えていたグループワークにも挑戦してみました。すると、メンタルダウンした社員が続出……なんてことはなく、むしろ「グループワークが学びになった」という声すらあがりました。
この経験から見えた合理的配慮の例としての実践ポイントは、次の3つです。

  • いきなり負荷を上げず、参加方法を段階的に調整する
  • 本人の不安に耳を傾けつつ、成長につながる関わりは残す
  • 一度決めた配慮を固定せず、反応を見ながら見直す

「精神障害と聞くといろいろ心配してしまうけれど、意外と大丈夫なこともある」。これは、配慮のラインを日々試行錯誤してきた現場の実感です。相手の反応やフィードバックに柔軟に対応しながら、「どこまで大丈夫か」を一緒に探っていく。その「絶妙なライン」を見つけて社員の笑顔を見られた瞬間は、この仕事のやりがいでもあります。

離職防止につながる3つの運用ポイント

精神障害者雇用において離職防止を考えるとき、「手厚い支援を用意する」ことだけが答えではありません。現場で効果を実感している運用のポイントは、以下の3つです。

診断名だけで決めつけず、個別の特性を対話で把握する

「うつ病だから」「発達障害だから」と診断名だけで配慮内容を決めてしまうのは、試行錯誤を放棄しているのと同じです。同じ病名でも、調子を崩すサインや集中できる環境は一人ひとりまったく異なります。
「静かな環境なら集中できるのか」「午前より午後のほうがエンジンがかかるのか」――こうした個別の特性を、実験を繰り返すように一つずつ試していくことが大切です。このとき、会社側が一方的に決めるのではなく、本人にも「どうすれば貢献できるか」を提案してもらうことで、依存関係ではない対等な協力体制が築かれます。

「強み」を引き出す役割設計で、能力のミスマッチを防ぐ

精神障害者雇用で最も避けたいのは、「無理をさせないこと」を優先しすぎて本人の能力を過小評価してしまうことです。「たいへんさ」の背景には、本人が持て余している能力と、割り当てられた単純作業とのミスマッチが隠れていることが少なくありません。
最初はルーチンワークからスタートしても、慣れてきたら分析業務やチェック業務、クリエイティブな作業など、本人の特性に合った挑戦を促してみる。「障害があるからこの仕事を任せる」ではなく、「この能力があるから、この役割をお願いする」というポジティブなアサインへの転換が、本人の自己肯定感を高め、離職防止にもつながります。

チーム全員が使いやすい業務フローに変える

「精神障害のある方のために特別なマニュアルを作る」と考えると、現場の負担感は増してしまいます。しかし、口頭での曖昧な指示を避け、チャットツールやタスク管理シートで「期限・内容・ゴール」を明文化することは、実はチーム全員の生産性を高めるユニバーサルデザインの視点です。
これは特定の誰かのための「配慮」ではなく、チーム全体の「ミスを減らす仕組み」へのアップデート。「彼/彼女のおかげで、仕事の進め方がクリアになった」という実感が得られれば、精神障害者雇用は「負担」から「組織改善のきっかけ」へと変わります。試行錯誤の過程で磨かれた業務フローは、新入社員や多忙なメンバーにとっても助けになるはずです。

精神障害者雇用の就業事例――強みを活かす配属のヒント

最後に、精神障害のある社員がどのような業務で力を発揮しているか、代表的な3つの領域を紹介します。「障害があるから任せる仕事」ではなく、「強みがあるから担ってもらう役割」として参考にしてください。

高い集中力と正確性を活かした「バックオフィス・事務支援」

契約書のデータ入力、伝票整理、紙資料の電子化、名刺情報の管理など。ルーチンワークにおける高い集中力と正確性が武器になります。マニュアルを忠実に守る特性が、「1件のミスも許されない」精緻な作業で大きな戦力に。ある企業では、全社の経費精算チェックを一手に引き受け、経理部門全体の残業時間を削減した事例もあります。

デジタル耐性と論理的思考を活かした「IT・エンジニアリング」

ソフトウェアの動作テスト、Webサイトの更新・管理、社内システムの監視、プログラミング支援など。論理的思考やデジタル耐性を活かし、一つの事象を深く掘り下げて検証する姿勢が重宝されます。「静かな環境」「リモートワーク」といった合理的配慮の例を組み合わせることで、専門性の高い技術者として長期定着し、DX推進に貢献するケースも多く報告されています。

独自の視点と表現力を活かした「クリエイティブ・広報支援」

社内報の記事作成、SNS運用補助、デザイン制作、翻訳、調査資料の要約など。独自の着眼点や細部へのこだわりが、質の高いコンテンツ制作につながります。本人の「好き」や「得意」を業務に反映させた結果、広報部門の強力な戦力となった例もあり、従来の障害者雇用の枠を超えたキャリアパスが広がっています。

精神障害者雇用は、特別に身構えるものではありません。診断名ではなく本人を見ること。合理的配慮を固定せず対話で調整すること。強みを活かす役割を設計し、チーム全体の業務フローを見直すこと。その積み重ねが離職防止につながり、企業にとっても組織改善のきっかけになります。
「障害者雇用(精神障害)は難しい」と感じている方こそ、まずは目の前の一人と対話することから始めてみてください。