
パーソルが2022年9月に開催した障害者雇用支援月間特別オンラインセミナー「障害とともに生きる・はたらく 2022 」。さまざまな分野で活躍する障害当事者が、自身の障害や仕事のこと、職場での工夫などについて本音で語ったセッションが行われました。
この記事では、「大人の発達障害の誤解と向き合い方」をテーマに、イメージや誤解が先行しがちな発達障害について、正しい理解や向き合い方について考えました。
ゲストは発達障害の専門医として多数の著書を持つ昭和大学医学部精神医学講座教授の岩波明さんと、ADHDを公表している芸人の藤本淳史さんです。専門家、そして当事者としての立場からお話を伺いましたので、その様子を紹介します。
※本記事は2022年9月に実施したセミナーをもとに執筆しています。役職や取り組み内容などの情報はセミナー当時のものです。
登壇者

医師 医学博士
元昭和大学医学部精神医学講座教授
元昭和大学附属烏山病院長
岩波 明

藤本 淳史
芸人(吉本興業所属)
モデレータ

パーソルダイバース株式会社
人材ソリューション統括本部 人材ソリューション本部
キャリア支援事業部 首都圏CA第3グループ マネジャー
国家資格キャリアコンサルタント
元井 洋子
発達障害の誤解と正しい知識とは | 専門医が解説
発達障害とは、脳に何らかの機能の偏りがあり、その偏りに基づく行動・思考の特性が仕事や個人生活にもたらす障害の総称です。
近年「大人の発達障害」という言葉がメディア等で取り上げられ、障害への認知が進む一方で、それが具体的にどういった障害を指しているのか、突発的なものなのか先天的なものなのか、正しく理解できず「自分もそうなのではないか?」「発達障害の人とどう付き合ったらいいのか?」と不安を抱えている人が多くいます。

長年発達障害を研究し、昭和大学附属烏山病院で多くの当事者と向き合ってきた岩波さんから、発達障害とは何か?発達障害の中で重視される2つの特性…ASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如・多動症)の傾向や注意点を解説いただきました。
ASD(自閉スペクトラム症)の特性と注意点

岩波さん ASDには「空気が読めない」「場の雰囲気にふさわしくない発言をする」「ノンバーバルなコミュニケーションが苦手」といった症状があり、対人関係や社会性コミュニケーションの障害となる場合が多くあります。
ただそれだけではASDと断定できず、特定の物事に興味が偏る「常同的・強迫的行動」があるかも診断ポイントになります。例えば特定の何かを過剰に収集する、必ず決まった順番で身支度する、といった強いこだわりがあるかどうかです。少しコミュニケーションが苦手だとすぐにASDを疑う人がいますが、そこには注意が必要です。
ADHD(注意欠如・多動症)の特性と注意点
岩波さん ADHDの特徴的な傾向として「物忘れやなくしものが多い」というものがあります。よくADHDの代表例として「教室でじっと話を聞けない子ども」が取り上げられますが、これはかなり症状が強い人に見られる特性です。
また、いつももじもじ動いている、指先で常にペンを転がしている、貧乏ゆすりをするなどのよくある行動も、ADHDの多動による特性の一つです。思ったことをぽんぽんと口に出してしまう衝動性もADHDの代表的な症状です。

こうして症状を並べると、ASDとADHDはオーバーラップする部分が多く、病院の診断でさえバイアスがかかってしまうことがあり、注意が必要です。
ASDは知的障害を合併しているケースや、ADHDは脳機能障害がベースになるケースもあり、今のところいずれもはっきりとした原因が解明されていません。数十年前までは、専門家ですら『親の育て方のせいだ』と信じていたほどです。
近年、ようやく社会全体で精神疾患全体への関心が高まるようになりました。今後、診断バイアスや社会の誤解も、時間をかけてしっかり直していくべきだと思っています。
発達障害の症状は環境次第でプラスに働く

岩波さん 発達障害について強調したいのは、「マイナスだと思われる特性がプラスに働く場合も多い」という点です。
例えばADHDの場合、衝動的に物事を決めることは決断力があるとも言えますし、『マインドワンダリング』と呼ばれる思考特性(考えがまとまらずあちこちに分散すること)は、ユニークな企画力やクリエイティビティにもつながります。芸術分野ではレオナルド・ダ・ヴィンチやピカソ、現代の起業家ではスティーブ・ジョブズやイーロン・マスクも発達障害だと言われているように、特性がプラスに働けば、世の中にないものを生み出す力にもなるのです。
発達障害を個性として、お笑い芸人として活躍 | 藤本淳史さん
“環境によって、特性は強みにもなる”――。
それを上手く活かし芸人として活躍しているのが、吉本興業きっての高学歴芸人としても有名な藤本淳史さんです。
藤本さんがADHDと診断されたのは社会人になってから。お付き合いしているパートナーが転職を繰り返すうちに心のバランスを崩し、付き添いとして一緒に病院に行った際、ADHD診断のチェック項目を隣で聞きながら「自分にもめっちゃ当てはまるやん!」と気づきました。先生にそのことを伝えて診てもらったところ、予想通り、ADHDと診断されたそうです。
藤本さんに、ご自身の障害について伺いました。

ADHDと診断されて安心した
藤本さん 学生の頃までは、ADHDの特性があってもうまくシステムに守られていた部分が多かったと思います。
例えば小学校では集団登校をしていたので、集合場所に遅れたら誰かが家まで呼びに来てくれる。高校では授業が始まる前にいつも早朝テストがあったので、それには遅刻しても1時間目の授業には間に合う。やろうと決めたことにはグッと集中できるので、勉強においてはそれがプラスに働き、受験もうまく行きました。
僕は芸人の仕事をしているので、今もこの特性が個性として昇華されています。だから自分から病院へ行こうとは思わなかったんです。それでも「どうして自分は周りの人のようにできないのか…」と悩むこともありました。そこで診断を受けた結果、ADHDだと分かりました。

診断を受けてから自分自身の日常を振り返ると、「財布や自転車の置き場を頻繁に忘れる」「朝はルーチン通りに行動できず支度が間に合わない」「人と話をしていても視界を誰かが横切るとそっちに意識が言ってしまう」などなど、多動性や過集中に当てはまる行動が昔も今もたくさんあったことが分かったんですね。
診断を受けた当初は障害を受け入れることへの抵抗感がありましたが、うまくいかない原因の一つがADHDだと分かり、自分でどう対処すればよいかを考えることができたので、ほっとしました。
発達障害の”ウソ”と”ホント” | 専門医と当事者が答える
セッションの後半では、発達障害のよくある疑問について、岩波さんが医師の観点から「ホント(True)」「ウソ・誤解( False)」で答えるクイズ形式のトークが行われました。
発達障害に関する情報や理解は少しずつ広がっていますが、そのなかには偏った知識や誤解も少なくありません。今回取り上げた疑問も「発達障害は病気なので治療できる」「発達障害者のIQは低い?高い?」…などなど、よく耳にするものばかり。
また、視聴者からもいくつか質問をいただきました。中には「周囲の健常者は、発達障害者の負担を我慢すべき?」といった鋭い質問も。お二人に回答いただきましたので、あわせて紹介します。
発達障害はある日突然発症するの?
Q 発達障害はある日突然発症するの?
岩波さん これは誤り(False)です。
生まれ持った特性ですから、ある日突然発達障害になるわけではありません。
ただ、先ほどの藤本さんの話にもあったように、子どもの頃は親や周囲が容認してくれたり、ある程度能力が高い方は自分で対応できたりするので、顕在化しにくいということはあ

発達障害は病気だから治療できる?
Q 発達障害はほかの病気と同じように治療できるんでしょうか?治療はどのような方法で行われるのでしょうか?
岩波さん はじめにお伝えした通り、発達障害は病気や疾病ではありません。生まれ持った疾病・障害の“総称”、特性と考えてください。また、何をもって治療とするかにもよりますが、ASDなら「社会的な適応力を身につけること」もある種の治療と言えるでしょう。特性は変えられなくても、例えば上司に口答えをしない、会議でその場にふさわしくない発言をしないといったように、社会的なふるまいは変えられます。
藤本さん これは治療というより“対策”についての意見ですが、正面突破するより仕組みに頼るのがいいと思います。「忘れ物しないぞ!」と意気込んでも結局忘れてしまうので、スマホに通知が来るように設定しておくとか、朝の身支度も10分おきに「そろそろ歯を磨きましょう」と言ってくれるADHDの人向けのアプリを使うとか。自分の能力で全部解決するのは難しいので、こうしたシステムをどんどん使ってみることをおすすめします。

発達障害者のIQは高い?低い?
Q 発達障害はIQの低い人が多いんですか?それとも高い人は多いの?
藤本さん これは僕自身を例としてお答えすると、発達障害者のIQは低い、というのは誤解(False)です!
※藤本氏は、上位2%のIQ(IQ140以上)の人のみ取得できるMENSAの会員。
岩波さん 小児段階で発達障害を受診される方は知的障害と絡んでいる場合もあるので、それが誤解されやすい要因となっているのでしょう。大人の発達障害では、ほとんどの場合IQには何の問題もありません。むしろ高い方のほうが多いかもしれませんね。

周囲は、発達障害者を我慢しないといけないの?
Q 発達障害の当事者が大変なのは理解できます。でも、周囲の人は発達障害の人に負担をかけられても我慢しないといけないのでしょうか?
岩波さん 発達障害に限らずですが、基本的に人は、お互いに迷惑をかけあって生きているものだから、一方だけが我慢する必要はないし、どうするのがベストかは当事者間によってさまざまなので、一様には答えられません。
藤本さん これは厳しい質問ですね……。僕は我慢まではさせたくないけど、理解をしてほしいです。根性論で片づけられたり、我慢が怒りの感情に変わったりすることがありますが、お互いに理解し合うことで建設的に対処方法を考えていけたらいいですよね。

岩波さん 藤本さんのおっしゃるように建設的に話し合えたら理想ですが、お互いが感情的になってぶつかってしまうケースがほとんどなので、その感情を少し押さえてみるといいかもしれませんね。
“普通のはたらき方”って何?「普通を見直すべきでは」
最後に、発達障害に関わらず、はたらき方に関する質問がありましたので、紹介しましょう。
Q 障害のある方たちの就労支援をしています。一般就労に向けたアセスメントをする中で、「これって健常者もできていないよな」と思うこともしばしば……。「普通のはたらき方」って何だと思いますか?
岩波さん 「普通」の定義は時代によっても職場によっても違うので、あえて言うなら「その職場の平均的なはたらき方がどの程度なのか」ということなのかと思います。
藤本さん 発達障害がある人は、その平均点を大幅に超えることを目指すのではなく、平均点ギリギリでも十分なのでは、と思います。ビハインドは絶対にあるので、プラスを狙うとどんどん大変になってしまう……

岩波さん そうですね。ただ、日本の企業は総合的に平均点以上を出すことを求めがちです。私の患者さんだったある銀行員の方は、優れた企画力があって仕事にも熱心だったけれど、部署間の折衝がとても苦手で休職してしまいました。障害者雇用でリモートワークをされていた別の患者さんは、得意のプログラミングで素晴らしいECサイトを構築した途端、会社から「こんなに仕事ができるなら正社員として毎日出社してほしい」と言われてしまいました。自分のペースではたらけたから能力を発揮できたのに、出社となれば本人としては「冗談じゃない」と。すべての方を画一的にはたらかせようとする企業側の視点は、これから変えていく必要があるのではないかと思います。
おわりに:発達障害の見方、とらえ方を改めよう
いかがでしたか?
発達障害に対するイメージや偏った理解は少なくありません。しかし、岩波さんと藤波さんのお話から、正しい知識を持つこと、障害有無や症状で判断せず、人として相手をお互いを尊重し、理解しようと歩み寄ることが大切だと感じました。もし自分自身に思い当たる症状があったり困難さを感じている場合は、診断を通じて原因や対策を考えることも良いでしょう。
そして「発達障害は(それ自体が良いものでも悪いものでもなく)生まれもった個人の特性。環境次第でプラスに働くこともある」という理解が広がれば、どこかネガティブに捉えられがちだった発達障害への見方、症状への向き合い方も大きく変わるのではないでしょうか。
障害のある当事者はもちろん、発達障害のある社員を雇用する企業や、共にはたらく方にも参考にしてもらいたい話が満載のセッションでした。