パーソルグループの特例子会社であるパーソルダイバースではたらく、中津井亨さんは現在、研修企画チームのリーダーを務めています。2015年に精神障害の当事者として障害者枠で入社した中津井さんは、当初は業務などで体調を崩し、早退することもありましたが、チームリーダーを経て今年10月からはグループリーダーに着任するなど、着実に成長・安定を続けています。自分の体調や職場における自分の特性を見つめ、仕事の得手不得手を認知し、そして習得した仕事を周囲に教える立場になる。そんな順調な階段を上っている中津井さんは、自らの体験を基に、会社の方針である社員の戦力化、価値の最大化に取り組みました。「入社した社員が、会社の求める姿に成長する」ということを目的にした研修を企画・作成・実施しています。社内だけに留まらず、外部企業も実施しているこの研修にある、「社員の戦力化」のヒントはどこにあるのか。また、研修に込めた思いを中津井さんが語ります。
「成長」や「戦力化」という言葉を、会社の方針に沿って、具体化することが大事
障害者雇用促進法の改正に伴い、企業の法定雇用率は2024年4月にそれまでの2.3%から2.5%に引き上げられました。そして2026年7月には2.7%になります。つまりより多くの社員を雇用する必要があり、その社員に仕事をしてもらう必要があります。2022年の厚生労働省の「障害福祉分野の最近の動向」によると、障害者数の総数は964.7万人で、そのうち精神障害者は419.3万人。少し年代はずれますが、2016年、同じく厚労省の発表によると、発達障害者は国内で48.1万人だと推計されています。この数字は「大人の発達障害」など、発達障害に関する言葉や知識が世の中に広がる現在、増加傾向にあると言われています。
精神・発達障害が法定雇用率算定に含まれるようになり、また上記の傾向もあり、各企業は精神・発達障害の雇用機会が増えています。しかし、同時に「どのように仕事をしてもらえればいいのか」「戦力化が難しい」などという課題もまた増えているのが現状です。
それは中津井さんが勤めるパーソルダイバースも例外ではありません。社員数は2024年4月現在で2690名。そのうち障害者手帳を持った社員が1873名います。精神障害者手帳を持った社員が最も多く、1229名(その他、知的障害456名、身体障害188名)です。ここ数年は年間300名前後の社員を採用してきました。大量に採用した社員がいち早く戦力化すること。グループ企業から受託した業務を一人前にこなせるように成長することは喫緊の課題でした。組織の課題に中津井さんは「自分事」として取り組みました。
中津井 亨
パーソルダイバース株式会社
受託サービス統括本部 受託サービス企画推進本部
人財開発部 人財開発グループ
2015年にパーソルダイバース株式会社に入社。受託業務への従事や、メンバーの進捗管理や工数把握、メンタルフォローなどを担当後、現職。当事者としての知見を活かし、メンバーや管理者の育成体系の構築や研修企画に携わる。株式会社ミライロと共同開発した、精神・発達障害とともにはたらくためのオンライン有料研修プログラム「ユニバーサルワーク研修」でも講師を務めている。
編集部 中津井さんが取り組んだ社員向けの研修について概要を教えてください。
中津井さん この研修は「メンバー向け研修」という名称で、社員の入社時期や成長段階に合わせて、6種類の研修コンテンツを準備しています。『自分』『仕事』『仲間』のそれぞれで、「原因を考える」「解消のための行動を考える」ことのサポートになる研修を実施しています。「サポート」ということが目的なので、強制ではなく、任意参加にしているのも特徴の一つだと思っています。研修で何かスキルや知識をインプットする、というよりは研修の場で「気づき」を得て、それを現場に持ち帰り、上長などと相談して行動に移し、「できた」という成功体験や成長実感を体感してもらうことが目的です。
編集部 中津井さんご自身の体験も研修に盛り込まれているのでしょうか?
中津井さん 私は新卒で入社した会社で、職場の人間関係などが原因で発症しました。療養を経て、パーソルダイバースに障害者雇用枠で入社しましたが、入社当初は仕事のやり方に困ったり、だれに相談していいか分からなかったり、自分の体調をコントロールできなかったりで、なかなか勤務状態が安定しませんでした。
上司や、会社の支援担当、外部の支援機関に相談を繰り返し、アドバイスを実践することで、少しずつ安定してきました。体調が安定すると、業務ができるようになり、目のまえの業務ができると、今度は自分のやりたいことが見つかる、という良いサイクルが実現しました。そんな一つの成功事例を研修という形にして、みんなに受けてもらえれば、全員が安定するのでは、と思っていました。
編集部 ではご自身の体験がぎっしり詰まった研修が実現したんですね。
中津井さん いえ、そんなに簡単にはいきませんでした。上司や経営陣に言われて気づいたのは、「成長」「戦力化」とはどういうことか、もっと明確にしなければいけない、ということでした。最も大事なのは、当社にとっての成長、当社の戦略に沿った戦力化とはどういうことかをきちんと理解したうえで、研修という手段に落とし込むこと。当社はグループ企業から事務業務やクッキーやノベルティの作成を受託する会社です。そういった会社にとって必要な社員とはどういう社員なのかを具体化することが重要です。成長のゴールを具体化することで、ゴールまでの進み方が明確になり、社員がとるべき行動、学ぶべき事柄も明確になります。いわゆる「型」が浮き彫りになってからは、研修コンテンツの作成がスムーズになりました。
編集部 精神・発達障害者、特に発達障害の特性として、突発的な行動を取るのが難しい、アドリブが苦手とよく聞きます。「型」というのは発達障害の社員がはたらくうえで一ついのキーワードになるかもしれませんね。
中津井さん その通りだと思います。例えば「体調の管理」という研修をする中で、「自分の体調をどう見ればいいか分からない」「不調の原因が分からない」という社員が多くいました。そういった社員に、ロジックツリーという考え方を用いて、自分の不調要因にたどり着く方法を伝えています。この考え方を導入することで、受講者から「それまで安定しなかった体調が、受講後半年、突発休がありません」と言った感想を貰いました。「報連相」という研修もそうですが、具体的な方法を「型」として伝えることで、安心して実行できるようです。「型を伝えること」。これは精神・発達障害者が安心してはたらくための大きなキーワードになると実感しました。
自分の成長や成功体験が、そのまま、社会に還元できると感じています
編集部 ありがとうございます。中津井さんの今後のビジョンややりたいことを教えてください。
中津井さん 現在は研修企画のほかに、ユニバーサルワーク研修といって、精神・発達障害者と一緒にはたらくためのマナーを伝える研修の講師を、会社外の個人や企業にも行っています。そこで自分の障害開示を交えて「自分らしくはたらくために何が必要か」を伝えています。自分の障害経験がかつての自分と同じように仕事を探している当事者や、採用に苦労している企業の役に立てばいいなと感じています。自分の経験を通じて、より多くの障害者雇用が実現すれば、こんなにうれしいことはありません。
10月からはグループリーダーとして、より大きな組織運営や人のマネジメントに携わります。その経験もまた、社会に還元できると思っています。自分の経験がそのまま社会の成功体験に繋がると考えると、頑張るしかないし、自然とやる気も出てきます。正直、大変だなと不安に思うこともありますが、チャレンジを続けていきたいと思います。