障害者雇用支援月間に合わせ、2022年9月21日に開催された「障害とともに生きる・はたらく 2022 特別オンラインセミナー」。経済学・精神医学の専門家や企業経営者、障害当事者であるタレントや支援員など合計8名のゲストをお迎えし、濃密な3つのセッションが繰り広げられました。各セッションのレポートをお届けします。
オンラインセミナー最後のセッションは、「障害者の就職・転職大会議」のPart.2 として「大人の発達障害」をテーマに開催されました。登壇したのは、発達障害の専門医として多数の著書を持つ昭和大学医学部精神医学講座教授の岩波明氏と、ADHDを公表している芸人の藤本淳史氏。正しい知識よりもイメージや誤解が先行しがちな発達障害について、正しい理解や向き合い方について考えました。モデレーターはPart.1に引き続き、パーソルチャレンジ株式会社の元井洋子です。
登壇者
岩波 明 氏
昭和大学医学部精神医学講座教授
昭和大学附属烏山病院長
藤本 淳史 氏
芸人(吉本興業所属)
モデレーター
元井 洋子
パーソルチャレンジ株式会社
人材ソリューション本部 キャリア支援事業部グループリーダー
国家資格キャリアコンサルタント
単純ではない「発達障害」の定義とは?
「大人の発達障害」という言葉がメディア等で取り上げられるようになって久しい昨今。世間に言葉が浸透する一方で、それが具体的にどういった障害を指しているのか、突発的なものなのか先天的なものなのか、正しく理解できず「自分もそうなのではないか」「発達障害の人とどう付き合ったらいいのか」と不安を抱えている人が多くいます。セッションではまず、長年発達障害を研究し、昭和大学附属烏山病院で多くの当事者と向き合ってきた岩波氏から、発達障害の概要が示されました。
「発達障害とは、脳に何らかの機能の偏りがあり、その偏りに基づく行動・思考の特性が仕事や個人生活にもたらす障害の総称です。よく誤解されるのですが、発達障害とは一つの疾病ではなく、いくつかの疾病・障害の“総称”であるということ。中でも重視されるのが、自閉症スペクトラム障害(ASD)と、 注意欠如・多動性障害(ADHD)です」(岩波氏)
岩波氏の解説によると、自閉症スペクトラム障害(ASD)には「空気が読めない」「場の雰囲気にふさわしくない発言をする」「ノンバーバルなコミュニケーションが苦手」といった症状があり、対人関係や社会性コミュニケーションの障害となる場合が多くあります。ただそれだけではASDと断定できず、特定の物事に興味が偏る「常同的・強迫的行動」があるかも診断ポイントになります。例えば特定の何かを過剰に収集する、必ず決まった順番で身支度する、といった強いこだわりがあるかどうか。少しコミュニケーションが苦手だとすぐにASDを疑う人がいますが、「そこには注意が必要」と岩波氏は加えます。
注意欠如・多動性障害(ADHD)は比較的わかりやすく、物忘れやなくしものが多いという特性が挙げられます。よくADHDの代表例として「教室でじっと話を聞けない子ども」が出されますが、それはかなり症状が強い場合。いつももじもじ動いている、指先で常にペンを転がしている、貧乏ゆすりをするなどのよくある行動も、ADHDの多動の一つだと岩波氏は説明します。その他、思ったことをぽんぽんと口に出してしまう衝動性もADHDの代表的な症状です。
こうして症状を並べると、ASDとADHDはオーバーラップする部分が多く、「病院の診断でさえバイアスがかかってしまうことがある」と岩波氏は指摘します。
「ASDは知的障害を合併しているケースや、ADHDは脳機能障害がベースになるケースもあり、今のところいずれもはっきりとした原因が解明されていません。数十年前までは、専門家ですら『親の育て方のせいだ』と信じていたほどです。2000年代に入り、ようやく社会全体が精神疾患全体に対して関心を持つようになったので、診断バイアスや社会の誤解も時間をかけてしっかり直していくべきだと思います」(岩波氏)
環境次第で、特性は障害にも強みにもなる。
発達障害についての解説の中で岩波氏が特に強調したのは、「マイナスだと思われる特性がプラスに働く場合も多い」という点です。
「例えばADHDの場合、衝動的に物事を決めることは決断力があるとも言えますし、『マインドワンダリング』と呼ばれる思考特性(考えがまとまらずあちこちに分散すること)は、ユニークな企画力やクリエイティビティにもつながります。芸術分野ではレオナルド・ダ・ヴィンチやピカソ、現代の起業家ではイーロン・マスクも発達障害だと言われているように、特性がプラスに働けば、世の中にないものを生み出す力にもなるのです」(岩波氏)
“環境によって、特性は強みにもなる”――。
それを上手く活かし芸人として活躍しているのが、吉本興業きっての高学歴芸人としても有名な藤本淳史氏です。
藤本氏がADHDと診断されたのは社会人になってから。お付き合いしているパートナーが転職を繰り返すうちに心のバランスを崩し、付き添いとして一緒に病院に行った際、ADHD診断のチェック項目を隣で聞きながら「自分にもめっちゃ当てはまるやん!」と気づきました。先生にそのことを伝えて診てもらったところ、診断結果は予想通りのADHD。
「学生の頃までは、(ADHDの特性があっても)うまくシステムに守られていた部分が多かったと思います。例えば小学校では集団登校をしていたので、集合場所に遅れたら誰かが家まで呼びに来てくれる。高校では授業が始まる前にいつも早朝テストがあったので、それには遅刻しても1時間目の授業には間に合う。やろうと決めたことにはグッと集中できるので、勉強においてはそれがプラスに働き、受験もうまく行きました。僕は芸人の仕事をしているので、今もこの特性が個性として昇華されています。だから自分から病院へ行こうとは思わなかったんです」(藤本氏)
しかし診断を受けてから自分自身の日常を振り返ると、「財布や自転車の置き場を頻繁に忘れる」「朝はルーチン通りに行動できず支度が間に合わない」「人と話をしていても視界を誰かが横切るとそっちに意識が言ってしまう」などなど、多動性や過集中に当てはまる行動が昔も今もたくさんあったことが分かりました。最初は障害を受け入れることへの抵抗感があったものの、それでもADHDと診断されたことで、藤本氏は安心感を覚えたと語ります。
「診断を受ける前は、どうして自分は周りの人のようにできないのか悩むこともありました。でも原因の一つがADHDなんだと分かって、なんだかほっとしたんです。理由が見えたことでどう対策を取ればいいかがわかったので」と、ポジティブな言葉で体験談を締めくくりました。
よくある誤解に鋭く答える!発達障害 True or False
セッションの後半では、発達障害のよくある疑問について、登壇者のお二人が「True or False」で答えるクイズ形式のトークが行われました。続いて行われた視聴者からのQ&Aとあわせて、いくつかの疑問と回答をご紹介します。
Q.発達障害はある日突然なるもの?
岩波氏 いえ、Falseです。生まれ持った特性ですから、ある日突然発達障害になるわけではありません。ただ、先ほどの藤本さんの話にもあったように、子どもの頃は親や周囲が容認してくれたり、ある程度能力が高い方は自分で対応できたりするので、顕在化しにくいということはあります。それが社会に出て、仕事の場面ではっきり顕在化する。そういったケースの方が多いですね。
Q.発達障害はIQの低い人が多い?
藤本氏 これは僕自身を例として※、Falseです!
※藤本氏は、上位2%のIQ(IQ140以上)の人のみ取得できるMENSAの会員。
岩波氏 小児段階で発達障害を受診される方は知的障害と絡んでいる場合もあるので、それが誤解されやすい要因となっているのでしょう。大人の発達障害では、ほとんどの場合IQには何の問題もありません。むしろ高い方のほうが多いかもしれませんね。
Q.発達障害は治療できるもの?
岩波氏 何をもって治療とするかにもよりますが、ASDなら「社会的な適応力を身につけること」もある種の治療と言えるでしょう。特性は変えられなくても、例えば上司に口答えをしない、会議でその場にふさわしくない発言をしないといったように、社会的なふるまいは変えられます。
藤本氏 これは治療というより“対策”についての意見ですが、正面突破するより仕組みに頼るのがいいと思います。「忘れ物しないぞ!」と意気込んでも結局忘れてしまうので、スマホに通知が来るように設定しておくとか、朝の身支度も10分おきに「そろそろ歯を磨きましょう」と言ってくれるADHDの人向けのアプリを使うとか。自分の能力で全部解決するのは難しいので、こうしたシステムをどんどん使ってみることをおすすめします。
Q.発達障害の当事者が大変なのは理解できます。でも、周囲の人は発達障害の人に負担をかけられても我慢しないといけないのでしょうか?
藤本氏 うーーん、厳しい質問ですね……。僕は我慢まではさせたくないけど、理解をしてほしいです。根性論で片づけられたり、我慢が怒りの感情に変わったりすることがありますが、お互いに理解し合うことで建設的に対処方法を考えていけたらいいですよね。
岩波氏 発達障害に限らずですが、基本的に人は、お互いに迷惑をかけあって生きているもの。だから一方だけが我慢する必要はないし、どうするのがベストかは当事者間によってさまざまなので、一様には答えられません。藤本さんのおっしゃるように建設的に話し合えたら理想ですが、お互いが感情的になってぶつかってしまうケースがほとんどなので、その感情を少し押さえてみるといいかもしれませんね。
Q.障害のある方たちの就労支援をしています。一般就労に向けたアセスメントをする中で、「これって健常者もできていないよな」と思うこともしばしば……。「普通のはたらき方」って何だと思いますか?
岩波氏 「普通」の定義は時代によっても職場によっても違うので、あえて言うなら「その職場の平均的なはたらき方がどの程度なのか」ということなのかと思います。
藤本氏 発達障害がある人は、その平均点を大幅に超えることを目指すのではなく、平均点ギリギリでも十分なのでは、と思います。ビハインドは絶対にあるので、プラスを狙うとどんどん大変になってしまう……
岩波氏 そうですね。ただ、日本の企業は総合的に平均点以上を出すことを求めがちです。私の患者さんだったある銀行員の方は、優れた企画力があって仕事にも熱心だったけれど、部署間の折衝がとても苦手で休職してしまいました。障害者雇用でリモートワークをされていた別の患者さんは、得意のプログラミングで素晴らしいECサイトを構築した途端、会社から「こんなに仕事ができるなら正社員として毎日出社してほしい」と言われてしまいました。自分のペースではたらけたから能力を発揮できたのに、出社となれば本人としては「冗談じゃない」と。すべての方を画一的にはたらかせようとする企業側の視点は、これから変えていく必要がありますね。
スパスパッと端的に答えていくお二人の話に、ぼんやりと理解していた発達障害のイメージがどんどんクリアになった今回のセッション。「発達障害は(それ自体が良いものでも悪いものでもなく)生まれもった個人の特性。環境次第でプラスに働くこともある」という理解が広がれば、どこかネガティブに捉えられがちだった発達障害への見方も大きく変わることでしょう。はたらく当事者はもちろん、発達障害のある社員を雇用する企業側にも参考にしてもらいたい話が満載のセッションでした。
※2022年9月時点でのインタビュー記事です。
※パーソルチャレンジ株式会社とパーソルサンクス株式会社は、2023年4月1日をもって統合し、パーソルダイバース株式会社として発足いたしました。