パーソルグループが障害者雇用支援月間である9月に毎年開催している「障害とともに生きる・はたらく」。2023年9月21日に開催された、3つのオンラインセミナーのレポートをお届けします。

Session 2のテーマは「ニューロダイバーシティと最先端脳科学から紐解く、障害者雇用と人材戦略の未来」。障害による脳や神経の違いを多様性ととらえ、社会で活かしていく「ニューロダイバーシティ」の推進について、脳科学による最新の研究成果を踏まえて、企業が求められることについて議論しました。 ゲストは企業向けにニューロダイバーシティの実践サポートを行うNeurodiversity at Work株式会社の村中直人さんと、脳科学の知見を活かしてDE&I推進を研究する株式会社NTTデータ研究所の中西智也さんです。

登壇者

村中 直人 さん

Neurodiversity at Work株式会社
代表取締役

中西 智也 さん

株式会社NTTデータ経営研究所
ニューロイノベーションユニット
シニアコンサルタント

モデレーター

大濱 徹

パーソルダイバース株式会社
人材ソリューション本部
雇用開発部 兼 Neuro Diversity事業部
ゼネラルマネジャー

ニューロダイバーシティとは「脳神経の多様性」を尊重すること

「ニューロダイバーシティ」とは、直訳すると「脳神経の多様性」。1990年代後半に自閉スペクトラム症の当事者、つまり少数派の脳の持ち主たちの権利擁護運動の文脈でうまれました。しかしそれは、少数派の脳だけを「多様性」と表現するためのものではありません。

また近年では障害者雇用、特に発達障害者の活躍可能性に関する議論で取り上げられることが多い概念ですが、ニューロダイバーシティとは本来、発達障害者や障害者雇用にとどまらず、すべての人に対し、その多様性を尊重するための概念です。

最先端脳科学から紐解く、脳の違いとニューロダイバーシティ:中西智也さん

今回のセッションでは、最先端脳科学の研究成果と、そこで得られた科学的視点・根拠を踏まえたニューロダイバーシティの可能性について、ゲストのお二人より解説していただきました。

まずは中西智也さんより、最先端脳科学の研究成果による障害者の活用可能性とニューロダイバーシティについて解説いただきました。

障害とは“病気”ではなく、脳のネットワークの違い

私はもともと理学療法士として、病気や事故に遭われた方々のリハビリ現場に立ち会ってきました。そこで患者の方々の驚異的な回復力や能力を目の当たりにし、人間の持つ脳の潜在能力に着目しました。

脳科学の研究は2015年ごろから急速に進化しており、微細な構造や脳のネットワークの可視化が進んだことで、脳の機能が個々の場所ではなく“ネットワーク全体”で担われていることが明らかになっています。私は主にパラアスリートたちの脳をMRIで観察し、実際に脳でどのようなネットワーク機能が働いているのかを調べてきました。

すると、多くのパラアスリートの脳では「代償的適応」と呼ばれる現象が起こっていることが分かりました。これは、身体的または感覚的な障害がある場合に、脳の異なる領域が機能の代償を果たす現象です。例えば人間が右足を動かすとき、一般的には脳の左側によって右足をコントロールします。ところが右足が義足のパラアスリート選手は、両方の脳を使って義足である右足をコントロールする、非常に特殊な脳の使い方をしていたのです。

こうした働きは神経発達障害のある人々の脳ネットワークでも起こっており、感覚処理や思考、情動機構などが、個人特有の方法で変化している可能性が示唆されています。

イメージ画像:障がい者が多彩な能力を発揮する背景

脳は、どこか一部が弱くなると別の部分が頑張ろうとする仕組みがあります。私たちは苦手なことがあるとそこばっかりに注目してしまいますが、その人には別の得意なことがあると信じて接していくことが大事ではないでしょうか。

脳の違いを前提に、多様な力を最大化していくことが重要

これまで300人以上の脳をMRIで観察してきましたが、疾患の有り無しに関わらず、本当にみなさん全く違う形をしています。機能についても同様で、おおよその働きは同じでもネットワークの働き方は人によってわずかに違う。医学研究として平均的な傾向を出すことは重要ですが、それをそのまま現実社会に当てはめてしまうと、この疾患の人はこうだ、とレッテルを貼ることにつながります。この点を理解した上で障害者雇用を進めることが、脳科学の観点からも非常に重要です。

適切な教育や支援を提供したり、一人ひとりの得意なことを生かしたりしていくことで、多様な力を生かし、サステナブルな企業成長を実現することにつながっていくのではないかと考えます。

イメージ画像:【脳のリアル1】形(構造)に関する個人差

科学的視点・根拠を踏まえたニューロダイバーシティの可能性 :村中直人さん

続いて、科学的視点や根拠を踏まえたニューロダイバーシティの可能性について、村中直人さんから「集合知 Collective Intelligence」の重要性を軸に解説いただきました。

企業が目指すべきは、集合知が活かされる「特異性のシナジー」

私はこれまで発達障害の支援に携わってきた経験があり、現在は企業向けにダイバーシティ推進支援を行っています。ダイバーシティの推進においては、多様なチームメンバーがお互いの異なる視点を尊重し、その違いを活かす「特異性のシナジー」を目指すべきだと考えます。

これは、異なる多様な知が集合することで、素晴らしい創造性が発揮できるという「集合知」の考え方で、ダイバーシティの終着点だと言われています。実際に最近の調査では、イノベーションは集合知を持った多様性の高いチームから“しか”生まれないこともわかっており、企業成長に向けた経営課題としても目指すべきものであることが明白です。

平均は“幻想”。人はそもそも多様な存在

しかしこの「特異性のシナジー」は、残念ながらまだまだ多くの企業で発揮されていません。その原因につながる話として「ノーマの幻想」と「クロノタイプ」の話を紹介します。

「ノーマの幻想」は1940年代のアメリカであった実話です。当時の女性の平均的な身体サイズをもとに女性の銅像「ノーマ」が作られ、「このノーマと同じ体系の女性を見つけて盛大に祝おう!」というイベントが開催されました。我こそはノーマだと応募したのは数千人。ところが審査の結果……誰一人ノーマには該当しなかったのです。

ニューロダバーシティとはほぼ実在しない「平均人」の幻想に対するアンチテーゼであり、実態に即した社会のあり方を問う問いかけ

この話から分かるのは、私たちが“大多数の人が該当する”と信じる「平均人」というものが、いかに幻想であるかということです。もっと身近でわかりやすい話をすると、みなさんは「クロノタイプ」をご存知でしょうか。人には朝方や夜型など個人個人の体内時計サイクルがあり、これは遺伝子の影響を大きく受けています。でも世の中では朝型であることが良いとされ、学校も仕事もそれを基準に設計されています。すると夜型のクロノタイプの人はずっと社会的“時差ボケ”状態になるのですが、社会では怠けていたり能力が低かったりと言われてしまう。このことは、私たちの社会がいかに特定の人だけに優位に作られているか、ということの表れではないでしょうか。
世の中に平均人が多数存在すると思うのは幻想であり、人はそもそも多様なもの。にもかかわらず、社会はその多様性を前提にして設計されていない。まずはこの事実と向き合うことが大事です。

画一的なレンガモデルから、個々の形を活かす石垣モデルへ

そのうえで、企業は具体的にどんな組織を目指していけばいいのでしょうか。理想的な組織の在り方を“レンガ”に例えて説明します。レンガモデルとは、同じ形のレンガが積み重なった、平均人的発想の組織モデルです。規格化されているため構築しやすいというメリットがあります。でも弱点は、変化に弱いこと。日本でレンガ造りが発達しなかったのも、地震で崩れやすいからだと言われています。一方日本で古くから重宝されたのが、形の違う石を積み上げた石垣づくり。石それぞれが持つ形をそのまま活かすため根気と専門技術が必要ですが、変化には非常に強くなります。

企業にとってダイバーシティの恩恵は何か?より良い「集合知」は認知的多様性の高いチームや組織から生まれる

組織づくりとしては、性別や国籍が異なる人を闇雲に集めた人口統計学的多様性ではなく、一人ひとりの特性や経験を踏まえた「認知的多様性」を目指すべきです。

ただし、安易に多様性だけを高めてしまうと、逆に情報伝達や信頼の質が下がってしまい、排除や不当な評価につながりかねない状況が生まれてしまいます。そのため、認知的多様性を高めながら、心理的安全の確保にもきちんと対応し、バランスの保たれた組織やチームを作ること。経営課題としてのニューロダイバーシティは「認知的多様性」と「心理的安全性」を同時に実現していくことではないかと考えます。

多様さ・違いを前提とした人材活躍のためには、アコモデーション(合理的配慮)のある風土づくりから

お二人の解説に続いて、多様な人材活躍を促進するために企業に求められることは何か?をテーマにトークセッションが行われました。

多様さ・違いを前提とした人材活躍のために

大濱 中西さんと村中さんのお話を踏まえると、ヒトの脳は同じではなく、能力も多様であるため、組織づくりにおいては画一化されたマネジメントは通用しないことになります。しかし、組織ではたらく全員に個別最適化されたマネジメントができるかと言ったら難しい気もします。では企業側は、どうすれば良いのでしょうか?

中西 一人ひとりに最適なプランを立てるのは簡単ではありません。だからまずは、組織全体としてインクルーシブな風土をしっかり作っていくことが重要でしょう。多様性を受け入れる土台があれば、それぞれがある程度自律的に『自分はこうしよう』とチューニングしていくことができます。それから、最近スポーツではトレーニングだけでなくコンディショニングも非常に重視されているのですが、組織としても、体の状態を整えて最適な能力を発揮しやすい状態を作っていくことが大切になってくると思います。

村中 コンディショニングにも通じるものとして、私は『アコモデーション』が重要だと考えています。アコモデーションとはいわば調整機能のことで、合理的配慮の「配慮」の元になっている言葉です。例えば周囲に人がいない環境のほうが集中できてパフォーマンスが上がる社員がいるなら、出社を強制せず在宅ワークができるよう調整する。高い多様性をより良い労働環境に結びつけるために、アコモデーション…つまり一人ひとりが自分に合ったはたらき方などを調整可能な状態にしていくことが重要です。